2017/07/28(なんで嬉しいのかわからないことに出会えたら、それはアナタを知るチャンスかもしれない、という話。)
会社の同期が転職活動をしている。
そして、彼の推薦文を僕が書いた。
本人は絶対に読まない、という条件で。笑
それが一ヶ月前の話。
昨晩、連絡があった。
「書類選考に通りました」
正直。
推薦状を書いて欲しいと頼まれたときは、あまり乗り気ではなかった。お店のスタッフが急に倒れて来れなくなったり、営業中にガラスが爆発して後処理に追われたり、とにかく目の前に対処しないといけない問題が山積みだったので。
でも、早く転職しろ!と吹っかけたのも、この会社が良いと思う!と鎌をかけたのも、いつかの酔っ払いの僕なので。
断るわけにもいかず。
しかも。
彼の人生がかかっているから。
手を抜くわけにもいかず。
朝の5時くらいにお店に出てきて、3時間くらいかけて、書きました。推薦状。
書いてみたら、8割くらいは彼の改善すべき点に関しての話になっていたので、もはや推薦状というよりも、密告状。
とにかく書いた。面倒だなという本音を誤魔化しつつ。
それでも。
通った、という一報に。
なんだか嬉しい自分がいる。
「ありがとう!」とか。
「貴方のおかげです!」とか。
そういうことを言われたわけじゃない。
「通りました。」
という報告だけなのに。
なぜだろう。嬉しい。
それで、考えた。
もしかしたら、僕は"目に見えないもの"(この場合は同期の性格とか人格とか生き様とか)を誰かに言葉という道具を使って、伝えることができる、その手応えが無性に嬉しいのかもしれません。
どうやってまとめようか。。。笑
そうですね。自分でも「なんで嬉しいのかわからないこと」に出くわせたら。それはね自分のことを知るためのチャンスかもしれません。
だから、自分の"嬉しい"に敏感でいるといいかもしれないですね。
例えば、毎日ひとつ"嬉しい"を見つけることを目標にしてみたらどうでしょう。
「私は将来的何をしたいのか?」なんて、壮絶で答えのない問いかけに、いちいち絶望することもなくなるかもね。
ハルカが「自分で掃除したフローリングで寝るのが好き」という話を聞いて、帰り途に脈絡もなく考えたこと、でした。笑
:)