2017/04/16(ガウディから学ぶ、良いチームについて)
旅先での気付きシリーズ。
チームづくりについて、ガウディの話。
バルセロナに到着した日のこと。
かのサクラダファミリアの鑑賞は現在、完全予約制。
(※サクラダファミリア:https://goo.gl/7aqgTP)
彼女が18時に予約をしておいてくれました。
何件かバルを梯子してから、ほろ酔い気分で、いざ。
受付でチケットを提示したのですが、何故かエラー。
あれれ。
受付のお姉さんも、「おかしいわね」みたいな顔してます。
それで、チケットをよく見てみると、あ、日付が違う。
「4月8日」昨日の予約ですよ、これ。
あら。
交渉してみるも。
「無理なの、ごめんね」とのこと。
ディナーは20時にレストランを予約してあったのですが時間が空いてしまったので。
こうなったら美味しいものを食べるしかない、と。
イカ墨のパエリアが美味しい、と評判のレストランへ飛び込みました。
サクラダファミリアを観られなかった記念ということで。
ふたりでスパークリングのボトルを開けて、乾杯。
僕が到着する3日前からバルセロナでガウディ建築を散策していた彼女。
どうやら関連する書籍なんかも読んだみたいで、面白い話を聞かせてくれました。
彼女が読んだ一冊の本に書いてあった、ガウディの言葉。
「ものをつくる人間をダメにする確実な方法は、全体を考えさせず、細かい作業をひたすら義務としてやらせることです。そうするともう、現場での新しい発想が生まれてこなくなるだけでなく、いかに手を抜くかということばかり考える人が現れ、図面通り100%のものすらできなくなる(またそもそもの図面に誤りがあった場合にも、職人たちの直感によって、それが「おかしい」と指摘されることも起こりにくくなります)。」(光文社新書『ガウディの伝言』より)
これをレストランの話に置き換えてみたんです。
「接客をする人間をダメにする確実な方法は、お客様のことを考えさせず、細かい作業をひたすらオペレーションとしてやらせることです。そうするともう、現場での新しい発想が生まれてこなくなるだけでなく、いかに手を抜くかということばかり考える人が現れ、実現したいサービス通り100%のものすらできなくなる(またそもそものサービスに誤りがあった場合にも、スタッフたちの直感によって、それが「おかしい」と指摘されることも起こりにくくなります)。」
もちろん、フロアだけでなくて、キッチンも同じ。
「料理をする人間をダメにする確実な方法は、お客様のことを考えさせず、細かい作業をひたすらオペレーションとしてやらせることです。そうするともう、厨房での新しい発想が生まれてこなくなるだけでなく、いかに手を抜くかということばかり考える人が現れ、実現したいレシピ通り100%のものすらできなくなる(またそもそものレシピに誤りがあった場合にも、調理人たちの直感によって、それが「おかしい」と指摘されることも起こりにくくなります)。」
ちょっと大袈裟かもしれないけど、間違ってないんじゃないかな。
さて、1882年に着工してから100年以上。
まだまだ完成していないサクラダファミリア。
実は1926年にガウディが亡くなったときに一度だけ。
建造を続けるべきか議論になったそうです。
なぜなら、彼は仔細な設計図というものを何も残していなかったから。
でもね。
結果、建造は継続されることになったんですって。
弟子たちや、その時代ごとの建築家が、彼の意思を汲取るという形で。
ガウディは敢えて設計図を残さないことで「ものをつくる人間」を「ダメ」にしなかった、というお話。
いい話ですね。
ということで、サクラダファミリアは観ていませんが。笑
美味しいパエリアとガウディの名言を咀嚼した、スペイン初日の話でした。
:)
2017/04/07(余白を持つことについて)
昨日の朝。ふと。
座席のレイアウトをしているときに思いついた。
机を壁から、”ちょっと”だけ離してみたらどうだろうか。
イメージはこんな感じ。
==
通常:”壁机”
昨日:”壁 机”
==
分かりにくいですね。笑
“ ”くらいの余白。20cmくらいかな。
C1、C15、F20、A5、A10あたりを壁からちょっとだけ離してみました。
入社して数日目の頃の話。
社長が僕に言いました。
「家具を壁に押し付けて並べるのって、余裕がなくて嫌なんだよね。だからさ。俺は(本社の)エントランスの椅子を壁からこのくらい離して並べるんだ。気がついたら、誰かがまた壁にぎゅっと押し付けるんだけど、必ず俺がすっと離しておくわけ。」
もちろん僕も店長なので。
お店では席数を増やすことで、売上を伸ばせるということは理解しています。
だから、飲食店ではみんな机をギリギリまで詰め込むわけですよね。
でも。
”20cm”くらいはいいんじゃないかな。
別にお客様も気がつかれないかもしれないけれど。
どちらかというと自分たちの気持ちの問題。
机にも気持ちにも”20cm”くらいは余裕を持つ。
そんなお店がいいなって思っています。
ところで。
この机を離してみるアイディアをこっそり津坂さんに話してみたら、
「あ、料理提供の時にそこにスペースあると楽ですね」とのこと。
情緒的な店長。
機能的なスタッフ。
:)
2017/04/06(コドモとレストランの幸せな関係)
コドモを見縊(みくび)ってはいけない、と思ったという話。
先月。
「免許の更新をしてください」
そんな葉書が届いていたので。
休みの日に、都庁まで行ってきました。
受付で葉書を渡して、「更新したいんですけど」と。
すると、僕の葉書を一瞥した更新所の男性スタッフ。
「あ、これ初めての更新でしょ。ここじゃできないよ。試験場に行って」
「え?どういうことですか?」
彼は葉書の項目を指差して。
「ほら、書いてあるじゃん」
「あ。」
こうして、免許更新の目的は果たせず。
仕方がないので、丹下健三の都庁建築を見に来た観光客的なる気分で帰ることにしました。
さて、本題。
誰かに何かをお願いされたとき。
どれくらいきちんとそれを受け止めるのか。
そのお願いを聞いてあげたいなって思えるか。
そこには、2つの要因があると思いました。
1つ目は、”伝え方”。
言葉遣いはもちろん、相手の立場に立った気遣い。
免許の更新ルールを良く分かっていない哀れな若者の立場に立ってくれているか。
そして、それをお願いする理由が分かりやすく伝わっているでしょうか。
都庁では更新できない理由があるなら、それだって伝えてみたら、同じミスはしないようになるかもしれません。
それから、もっと大事な2つ目。
それは、”関係性”です。
この人のお願いなら聞いてあげたい。
この人の言う事なら私も信じられる。
僕らってそういう判断を結構しませんか。
誰に言われたかで、受け取り方が全然違う。
「ワイン発注しておいて」
「洗い物お願い」
「4番チェック行ってください」
例えば、いきなり異動してきた社員が。
初日からこんな指示を出してきたら、ちょっと戸惑いませんか。
だって、まだその人と私の間には”関係性”がないから。
社員とパートナーという立場だけで人は動かないと思います。
動いたとしても、それって立場でしかない。
さてさて、話を戻します。
社交場で騒ぐコドモがいると僕らは言います。
「走っちゃダメだよ」
「少し小さな声で喋ってね」
「ジャンプはダメ」
とかとか。
自分がコドモだったら。
「なんで、この人は僕に命令するんだろうか」
そんなふうに疑問に思うかもしれません。
コドモだからといって見縊っていませんか。
例えば、入口でちゃんとコドモにも挨拶をする。
「こんにちは。今日も来てくれてありがとう」って。
誰かと”関係性”を築いていくことって、一朝一夕にはできません。
だからこそ、そういう積み重ねを見縊ってはいけないと思います。
コドモたちに「この人の言う事なら聞いてあげたい」って思ってもらえるように。
コドモたちと”関係性”を築いていくために。
僕らはもっとできることがまだまだあると思います。
まずは、心構えから。
コドモを見縊ってはいけない。
3:)
2017/04/05(コドモとレストランの幸せな関係)
早速、3日坊主になりかけました、「今日のテンチョー」。
小松さんの「あれ、いいですね」の一言によって。
再び、やる気がもりもり湧いてきました。
昨日のランチタイム。
婦人の常連様がお一人でご来店。
ひかりさんかな。F20の席に案内をしてくれていました。
僕はちょうどその方の食事が終わった頃合いに。
お皿を下げに行きつつ、ご挨拶。
「こんばんは。今日は子どもたちが多くて、少し騒がしかったですね。申し訳ございません」
すると、婦人から一言。
「本当ねえ。でも、いいのよ。子どもは元気なものだし。それに、ここはそういうお店でしょ」
はっ、としちゃいました。
僕らよりも、お客様のほうが、僕らのことを理解してくれている。
コドモもオトナも楽しめるお店がいいな。
そう思ったから、社交場をつくりました。
そう思ったから、キッズメニューの種類を増やしました。
そう思ったから、家族で楽しめるようなイベントを企てています。
そうしてコドモ連れのお客様が増えた。
それは、僕らが望んだことなんです。
だから、コドモを野放しにしていい。のではもちろんなくて。
だから、コドモに”レストランでのマナー”や”越えてはならない一線”をきちんと伝え続ける。
婦人の「ここはそういうお店でしょう」は、僕に問いかけてくれました。
「コドモを歓迎すると言ったのはアナタでしょう?」
そうなんです。
コドモを連れてきても安心して食事を楽しめるお店。
オトナたちがコドモたちを温かい目で見守れるお店。
そんなお店にするのが、僕らの仕事です。
自分の子供くらい注意してくれよ、とか。
もっと子連れに寛容でもいいのに、とか。
どっちの意見が正しいのか僕にはわかりません。
分かっているのは、僕らは”議論”をする側ではない、ということ。
自分たちのお店ですから。
大事なのは、コドモもオトナも楽しめる環境をどうやって創造するのか。
次回は、もう少しそのあたりを具体的に書いてみようかと。
3:)
2017/04/01(コドモとレストランの幸せな関係)
昨日のこと。
F20に座っていた婦人と娘さんの2人組。
横の席の子どもたちの食べ方のマナーが酷すぎて、食事をする気にならないとのご意見。
くまもんに呼ばれて、様子を見に行ってみる。
まず、隣のF17で、ママが泣いている子どもに少しヒステリー気味。
ママが怒れば怒るほど、女の子の泣き方もエスカレートしていくわけです。
近くに行って女の子に声をかけてみる。
「どしたの?ご飯おいしくなかった?僕とソフトクリームつくる?」って。
そしたらね、まだ目に涙を溜めながらも。
「うん、ソフトクリームつくる」って。
それで、一緒に小さなソフトクリームをつくって。
そしたら、ママもほっとしたみたいです。
「ありがとうございます」って。
ママの目まで少し潤んでいたりして。
ああ、ママたちも苦しんでるんだなあ、って思いましたよ。
隣の席からは嫌な目で見られて。
子どもはいくら注意しても聞いてくれなくて。
人前で怒鳴っている自分のことが一番情けないって分かっていて。
そんなことが今日だけでなくて、もう1年とか、2年とか続いているわけでしょう。
それは、もう神経やられるよね。
自分の子供が多少、やんちゃしてもさ。見て見ぬふりしちゃうくらいに、ね。
さて、それからF20の婦人のお席へ。
「先程は隣の席の子どもたちの件、失礼いたしました」と。
そしたら、婦人の方。
「店長さんよね。決してクレームを言いたいわけではなくて、少しお店から注意してくれれば、私たちも気持ちよく食事ができたと思うのよ。オープンしたときから、よく使わせていただいているし、子どもたちの声が多少うるさいのは良いんだけど、裸足で走り回ったり、その脚でソファーを歩き回ったり。そういうのは、ちょっと目に余るというか。口うるさくてごめんなさいね」
うん。こちらも、仰る通り。
せっかくの休日。
久しぶりに里帰りしてきた娘さんとの食事の席。
仕事はうまく行っているのか、とか。恋人とはどうなのとか。
今日は娘の近況を肴に、美味しい食事を楽しみましょう、と楽しみに来てくれたのだと思います。
それなのに、隣の席の子どもたちのことが気になりすぎて、お話どころか、食事をする気分でもなくなってしまいました。
これも本当に心が痛い。
さて、僕らはどうするのが正解なんでしょうね。
続きはまた明日考えます。
3:)
あ、ふじわらくん。誕生日おめでとう。
20歳のあなたの活躍が楽しみです。